<勇気あるいったん停止を>
「地上波デジタル計画は破綻する」Page02

【悲鳴を上げる放送局】

総務省と同じく、地上波デジタルを推進すべき立場にある放送業界は、この状況をどう捉えているのだろうか。

先述のように、地上波デジタル化は国策として進められており、放送局自体は実はあまり積極的でないとの声も聞こえる。アナアナが物議を醸し、電波料値上げやサイマル期間延長でさらなる負担増の危機に晒されているのだからなおさらだろう。ある民放幹部は「アナアナでこれだけ停滞しているのに、11年のアナログ停止なんてどだい無理。なし崩しに延期を繰り返すのが関の山だ」と吐露する。

デジタル多チャンネル化後の明確なビジネスモデルが描けていないことも、消極性に拍車を掛ける。放送チャンネルの増加にあわせてスポンサー企業の広告出稿額が増えるわけではない。右肩上がりの時代ならまだしも、大きな経済成長を望めない今後はチャンネル同士の競合がさらに熾烈化し、広告価値の下落に苦しむ放送局が続出するだろう。特に資本や制作能力に劣る民放ローカル局は、多チャンネルや高画質を持て余すだけかもしれない。「デジタル化はリターンの見込めない投資。まあ、現代における“年貢米”ですわ」と、総務省に弱い立場を慨嘆するローカル局幹部もいた。

国内でもこれだけネガティブな材料に事欠かないのに、追従を目指した欧米諸国から続々と悲観的な情報が伝わってきては、放送局の危惧も増すばかりだ。

先の号でも触れたが、デジタル化で先行する英・米両国でも低迷が続き、深刻な局面を引き出している。

イギリスでは、世界初の地上波デジタル民放テレビ「ITVデジタル」が、開局わずか4年で経営破綻した。今年4月のことである。破綻の要因は、デジタル放送に視聴者が取り立てて魅力を感じなかったため、加入者が伸び悩んだことが背景にある。加入者獲得のため高騰するコンテンツを無理して購入せざるを得ない状況がITVを放送停止に追い込んだ。その上、破綻後も事業の引受先がなかなか現れず、結局BBC(国営放送)とBスカイB(デジタル衛星テレビ)が連合で引き継ぐことになった。華々しいデビューとは裏腹なITVの末路は、イギリスのデジタル化推進計画そのものに影響を及ぼしかねない。

アメリカのデジタル放送も相変わらず不振にあえいでいる。いっこうに普及しない地上波デジタルに業を煮やしたFCC(米連邦通信委員会:パウエル委員長)は今年4月、関連業界への努力義務を促すパウエルプランを公表した。放送局に対してデジタルの特性を活かした番組の放送比率を提示、また家電メーカーにはデジタルチューナー内蔵型TV出荷台数の数値目標を設定した。当然のごとくメーカー側は猛反発。ところが、FCCはこれを一蹴し、数値目標をさらに規制として義務化する強攻策に出た。憤りを募らせた全米家電協会は10月、ついにFCCの規制撤回を求めて提訴。デジタルを巡る状況は混濁の度を深めている。

いずれも我が国にとって、対岸の火事では済まされない事象である。両国とも、インフラ的に日本よりはるかに容易にデジタル放送を実施でき、おまけにアナアナ変換などという面倒な作業を免れている。なのに、98年に地上波デジタルをスタートしてこの有り様だ。日本は今こそ先行国の失敗に学ばないと、取り返しのつかない、より大きな失策を犯すことになる。

【勇気ある“一旦停止”を】

私はあらためて、事態の速やかな周知と、計画の柔軟な見直しが為されるよう訴えたい。このまま進行すれば、間違いなく地上波デジタル計画は破綻する。アナアナの停滞、ビル陰や共聴問題への無策、先行国での低迷、そして国民認知の低さ…。これほど悪条件が揃えば、賢明な読者諸氏にあらずとも「Not Successful」の烙印を押すだろう。なのに、充分な実態の開示もせず、「デジタル化はスケジュール通り」で盲進しようとする総務省は、国民に対しどう責任ある決着をつけるつもりか。巨額な国費を投じ、国民に負担まで課しながら、地上波テレビが見られないという悲惨な事態を招来するわけにはいかないのだ。

この期に及んで、デジタル化から撤退せよ、とは言うまい。デジタルのメリットを国民が簡便に享受できるよう、地上波デジタル計画を再構築する。そのためには、あえて一寸立ち止まり、デジタル化を取り巻く現状を再考察した上で、いま一度、改正電波法を見直す勇気ある決断が必要である。

【来年の本放送開始を延期せよ】

まずは無意味なスケジュールの呪縛を解き放つところから始めよう。2003年末の三大広域圏での本放送開始を止めるのだ。本放送の開始は、政策として後戻りのできない「ルビコンの渡河」を意味する。途中で変更や中止という事態にでもなれば、放送そのものへの信頼が失墜する。実現への道筋がはっきり見えるまで、本放送スタートは延期すべきである。拙速なスケジュールに圧迫されるから、看過した問題が後追いで頻出するのだ。

03年は実験放送の本格的開始とし、先述の混信地域やビル陰・共聴問題など、世帯への影響実態を精査・集計することに主眼に置く。そして洗い出された個々の問題について有効な対策を講じ、最も少ないコスト負担でデジタル化を実現できるよう計画を練り直す。負の情報も含めて国民に内容を明示し、理解の促進を図る。本放送のスケジュール確定はその後で良い。アナログ停波の時限についても同様だ。2011年に固執する根拠は今やどこにもない。

計画の見直しに際しては「ブロードバンド」の有効活用も視野に入れて検討すべきだ。地上波デジタル化計画の立案当初と現在の圧倒的な環境の差異に、インターネットの猛烈な普及と発展がある。殊に近年は、ADSLや光ファイバーといった大容量の伝送経路、いわゆるブロードバンド(以下BB)の拡張が目覚しい。テレビ番組を伝送するのに充分なインフラが急速に整いつつある。実際に、高速化したADSLを使ってテレビ放送サービスを行う企業が登場し、NTTは光ファイバーで何百チャンネルものテレビ番組を送信する技術を開発した。現在400万世帯以上で利用されているADSLは、2005年には2,500万世帯に普及すると予想され、FTTH(光ファイバー網)は1,000万世帯にまで達すると言われる。10年前には想像もつかない事象だ。

このインフラを、地上波デジタルテレビ放送に効果的に用いるべきだ。地上波を届かせるのに過剰な資金や設備を投入するより、地域や居住環境によっては、途中の経路にBBを利用した方が廉価で合理的なところもあるはずだ。大事なのは電波の到達ではなく、コンテンツの過不足ない到達なのだ。これが視聴者(国民)重視の観点であり、デジタルのメリットを最大限に活かした解決策となる。

私が政策の一旦停止を唱える意図のひとつには、適宜こうした新進技術の導入を図ることにより、目的の達成を容易にするという狙いがある。

BBの利用は、前提として放送・通信を巡る法体系の抜本的な改正を必要とする。これらの法は、今まで放送と通信を隔絶する障壁にもなり、また聖域を保つ役目も果たしてきた。しかし、新たなメディアの登場ごとにツギハギされた対処法が多く、その煩雑さゆえ新規サービスの参入を阻んでさえいる。業種間のクロスオーバーが頻発し、スピードが重視される現代に逆行する法体系だ。そこで、今回の地上波デジタルを好機とし、規制の徹底緩和を軸に思い切った法改正をすべきである。当然、放送界はじめ既存の業界権益を損なう可能性はある。しかし、現在の地上波放送も、目まぐるしく変化する情報環境にフレキシブルに対応する先進性を発揮しなければ、遠からず取り残されたメディアになるだろう。むしろ、地上波デジタルを放送革命の起爆剤と位置付け、地方メディアの合従・再編や、帯域の開放を含めた電波の有効利用、地上波・衛星波・通信の戦略的融合を促進する契機とすべきだ。

デジタル放送社会の到来に向けては、インフラ構築だけなく、コンテンツ制作能力の増進や著作権保護対策の強化といったソフト開発、運用面の課題が大きな比重をもつ。矮小な縄張り主義や無定見な欧米追従政策から脱却し、世界に冠たる創意工夫の精神をもって、デジタル放送の先駆国となることを目指すべきだ。

(終)

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