21世紀型フォーメーション社会

私は、ちょうど世紀の変わり目に代議士の大任を授かった。「国家100年の大計」という文言を例にひくまでもなく、国政に携わる者として「世紀」というタームで物事を捉える視野は不可欠だと考える。

1世紀を春夏秋冬になぞらえるなら、さしずめ今は春の幕開きといったところか。しかしながら、現実のわが国は、未だ厳冬のただ中にいるようである。失われた10年・・停滞の10年とも言われる20世紀末の閉塞感が、未だこの国を覆ってしまっているようにも見える。名実ともに21世紀の春を呼び寄せるのが我々の喫緊の課題である。

そこで私が考えるテーマは、「21世紀型フォーメーション社会」とでもいうべき社会構造の構築である。誤解を恐れずに言うならば、産業間・地球間の格差(差異)をむしろ健全な不均衡と理解し、それぞれの独自性を伸張してゆこうという考え方である。

例えばIT(情報技術)。IT環境の充実によって、国民生活や企業活動の利便性が向上するであろうことに異論はないが、それを従来の公共事業のように、全国あまねく、くまなく、均衡に配備するということは理想的ではあるが、ユニバーサルサービスを重要視しすぎるために、産業政策としてダイナミズムを失う危険性も否定できない。日本では渋谷界隈の狭いエリアにIT関連のベンチャー企業が集中し、シリコンバレーならぬ「ビットバレー」と称されているように、ITにおいてはやはり東京をはじめとする大都市圏が得意エリアであり、そこには重点的に、速やかに環境整備を施す意義があるが、緊急性がそれ程でもない地域はその需要に応じて整備しても遅くないのではないか。それより、地域の個性・特異性を活かし、農業や漁業、地場産業の育成・発展に繋がるような政策を打ち出すべきである。今後産業の再編成があったとしても、国民全てがIT従事者では国家は成立しないし、基幹産業であっての情報技術なのである。

私が目指す「フォーメーション社会」とは、国民や地域が、それぞれ得意分野や役割を認識し、地方や国家における機能を能動的に分担してゆこうという発想である。さらには、IT産業同様に、既存の産業にも自己実現や個性尊重の方途を拡げてゆこうとするものである。

幸せの尺度は千差万別だ。それを、物財といった画一的な価値観で固定する政策はもはや通用しない。21世紀の日本経済は、国際社会の役割も含め、国民がいかに精神的な達成感を得られるかという段階にシフトしなければならないと考える。