「官僚の官僚による官僚ための番号制度」その2


現在、日本の本人認証、本人確認で一番頼りになるが運転免許証、パスポートといった写真付きの身分証明証。これを持っていれば、一応、自分の身分を証明することができる。しかし、運転免許証やパスポートは国民全てが持っているというわけではなく、子供やお年寄りなどの不所持者は、普段から自分が何者であるのかを証明するという、あまりにも根源的な部分で問題を抱えながら暮らしているのだ。因みに、運転免許証の保有率は63%(73歳以上は34%)、パスポートにいたっては僅か23%の保有率でしかない。また、住民票などは顔写真がないので、たとえ持っていたとしても、あなたは本当に本人ですか、という問いに対して答えることができない。つまり、現在の日本で自分自身を証明するのが想像以上に難しいという現実があり、今回の被災地における罹災証明書の発行に関して、本人確認の問題が改めて顕在化することになった。

 


一方で、住民票コードという番号が既に国民全員に付番され、住民票コードを管理する住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)というシステムがあることをご存知だろうか。所管する総務省のHPでは、「全国的な本人確認システム」と謳われているが、住基カードの普及率が僅か4%であることを考えれば、大半の国民が知らないのも当然だ。住基コードは、名前、住所、性別、生年月日の4情報が1億2千万人分管理されているだけのものだが、このシステム構築に400億円、年間運用経費を130億円もかけているというから驚く。トータルで約10ギガバイトレベルの情報量は、3000円位で市販されているDVD1枚に収まる程度で、国民にとっては、転入届と転出届が一挙に出せる、というような価値しか提供できないお粗末な代物なのだ。

 


また、今回進められている番号制度は、住基ネットをそのまま使わずに、わざわざ住民票コードから新たな番号を生成して、更にはそれを符号化し、番号を用いない情報連携という複雑怪奇なシステムを構築しようとしている。それらしい説明を聞けば、チャレンジングなプロジェクトのように誤解されそうだが、費用対効果、国民の利便性、システム開発のリスク等を冷静に分析すれば、正気の沙汰ではない。そもそも、住基コード、住基ネットがあるのに、なぜそこから新たな番号を生成する複雑怪奇なシステムを構築する必要があるのか。約5000億円を超えるであろうコストをかけてまで推進したいのなら、国民に対して丁寧に説明して理解を求めるのが先ではないか。それができない背景には、隠したい所管官庁の思惑や過去の経緯やトラウマもあるのだろうが、全てを明らかにしてこそ、国民の理解が得られると考える。複雑なシステム開発で国民を煙に巻こうとせず、住民基本台帳法に正面から向き合い、正攻法で説明責任を果たすべきだ。住基ネットに関しては、セキュリティーやプライバシー、個人情報保護の不安が取りざたされ、各地で憲法訴訟が提起された。また、民主党には野党時代に「住基ネット廃止法案」を4回も提出したという過去の経緯があるが、共通番号に前向きに転じたのであれば、もっと未来志向で国民のための番号制度を構築しようではないか。

 


何れにせよ、社会保障と税の情報を「一体管理」すると言っているのもかかわらず、「住基ネット」の呪縛から逃れるために、「番号」を用いない情報連携で実現するから一元管理するわけではない、などという詭弁で政治的な決断を避け、官僚のいいなりになっているようでは、「国民の国民による国民のための番号制度」の実現は不可能だ。民主党政権が「政治主導」を標榜するのなら、困難から逃げるべきではなく、政治家の言葉で国民にメリットやリスクを説明すべきだ。このままでは、大綱に謳っている「安心できる番号制度」とは、国民にとって安心できる番号制度という意味ではなく、官僚にとって(面倒な住民基本台帳法の改正や何らかの問題が起きた場合の責任回避に関する措置がとられているという意味で)安心できる番号制度に他ならない。


Trackback URL